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ベルトラン・ランソン『コンスタンティヌス―その生涯と治世』

 翻訳を担当したベルトラン・ランソン著、『コンスタンティヌス――その生涯と治世』(白水社)が近々刊行されます。関係者の皆様にはお世話になり、ありがとうございました。

コンスタンティヌス ─ その生涯と治世 (文庫クセジュ967)コンスタンティヌス ─ その生涯と治世 (文庫クセジュ967)
(2012/03/15)
ベルトラン ランソン

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一足先に届いたので一読したところ………誤植がありました。この段階では訂正もできないとのことなので、取り急ぎこの場で訂正をお知らせするとともに、読者の皆様にお詫び申し上げます。訂正箇所は下記のとおりです。

25ページ5行目:句点の重複
32ページ最後から2行目:「コンスタンティヌスはそこを推移包囲した。」
52ページ(B):「フラウィウス」「フラウィウス

誤植が生じた原因は確認できませんでしたが、校正の際、私の指示の出し方が悪かったのかもしれません。お見苦しい限りで恐縮ですが、読者の皆様にはご容赦いただけますようお願いいたします。

 さて、いきなり出だしからつまずいた本書ですが、翻訳出版の意義はそれなりにあると思っています。「訳者あとがき」でも少々触れたのですが、本書は「ローマ皇帝」としてのコンスタンティヌスの説明に比較的多くのページを割いています。そんなの当然じゃないの? と思われるかもしれませんが、これまで必ずしもそうではなかったと思うのです。つまり、コンスタンティヌスについては、「初のキリスト教徒皇帝」という側面が重視されてきました。その結果、その改宗はいつのことか? あるいは、その改宗は真摯なものだったのか? という問いに対する回答が重視されたのではないかと思います。キリスト教徒が多数派を占めるわけでもない日本においてすら、「コンスタンティヌス大帝」という表現が、誰にとって「偉大な皇帝」だったのか? という疑問も持たれることなく定着しているのは、不思議なことです(私個人としては、原則的に「コンスタンティヌス大帝」という表現は使っていません)。

 著者は「序論」で、コンスタンティヌス像を描くにあたってのイデオロギー的な問題に触れています。親キリスト教/反キリスト教、あるいはその信仰の真摯さの度合いに関するそれぞれの立場から、これまでコンスタンティヌスがどのように描かれてきたのかを説明したうえで、その生涯と治世をたどっていくわけです。コンスタンティヌスが死に臨んで洗礼を受けたことは確かですが、ブリタニアで即位した時にキリスト教徒だったとは思えません。30年以上にわたるその治世には、様々な事件があり、戦争があり、多くの分野において改革もなされました。異教徒だったローマ皇帝が改宗に至るプロセスと同時に、この時代には古代末期のローマ社会を形作るうえで重要な変化も起こっていました。この皇帝と宗教のかかわりだけではなく、世俗的な部分も含め、ローマ社会が変わっていく中でこの皇帝の果たした役割を知っていただければ、と思っています。

 蛇足ながら、本書35ページで登場するソレントの碑文(ファウスタの名が削り取られたもの)はこちらで、52ページや110ページで登場するヒスペッルム勅答碑文についてはこちらで、紹介しています。関心のある方は合わせてご覧ください。

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.12 2012 研究紹介 comment0 trackback0

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大清水 裕

Author:大清水 裕
ラテン碑文を使ってローマ史の研究をしています。メインはディオクレティアヌスの時代。最近はだんだん時代を遡っているようです…。

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